瓶詰め航海日誌

今朝の冷え込みは慢性睡眠不足の急速眼球運動野郎である俺の体に滲みた。他者にも滲みただろうが、俺は、俺にはなおのほか滲みているように感じた。そして俺は、俺のこんなくだらない戯言を、一刻も早く止める必要があった。だからいつもはその暗い大窓をア…

沈没者の手記

冬、底すらない深みへ沈んでゆくのを感じていた。肉体でも精神でもなく、ただここに感覚される沈没、抵抗こそが私だと…それだけを祈るように沈んでいった。 一切の認識は、塵に帰った。 砂の城を城と思う心は、慈悲なのだと識った。 私は、かつて自分がどの…

郊外鉄道の果て

よお。今日俺は夢のなかで、とてつもない風景を見た。お前に話したい。聞いてくれ。 俺は、一人の悪友と、長い年月をかけて鉄道で旅を続けている。銀河鉄道のようなスケールのはずなんだが、内装や雰囲気はただの郊外列車にしか見えなかった。そして窓の向こ…

冬の日記

何をしても裏目に出た日の帰り。 駅を出て、幾つもの小さな通りが交叉する往来の角をひとり折れ、我が家へと向かう帰り路、夕暮れの気配に降られるやうにやって来る、暗色の制服に身を包んだ高校生らに混じり、喪服姿の老女たちのそぞろに歩いて来るのを、わ…

巨大建造物と私

私はたくさん殺した。あるいは、誰も殺さなかったのかも知れない。正直なところ、記憶が曖昧なのだ。私は幼女を守り、家まで送り届けた。私にはもう一人、 相方が居た。いや、二人だっただろうか。すまない、もう思い出すことはできない。私は灰色の海に面す…

止まらない扇風機

殺風景な部屋で目を覚ます。眠っている間中、扇風機が回っていたらしい。 足の指で電源スイッチを押す。 しかしプロペラは止まらない。 怒りまかせに白いプラグを引き抜くも、それでもジャイロは回り続ける。 私は調査し、そして事実を知った。 いち扇風機の…

痛みへ捧げる断章

かつて砂駱駝は言っていた。「最悪とは、自分の絶叫に気づかないまま終わることだ」と。今また、それを思い出していた。息は、どこまで持つだろうか? しかし、声を漏らすのだ。言葉を、思い出すのだ。私が踏みにじった者たちよ、すまない。本当に、すまない…

ヒュドラの毒矢

僕が染みついてしまった悪い口癖のように、塵について君に話し続けることを、君は辟易するだろうか。笑ってくれよ、ハニー。これは冗談でもあるんだ、ジョニー。一世一代の大法螺吹きなんだ、ボーイ。俺の懺悔さ、神よ。I want you to listen to me. つまり…

混迷のなかで

“ 物語の前編、あるいは主要部は既に終わり、これから始まろうとしているもの(いや、既に始まっている!)はその後編、あるいはただのエピローグだ。私たち五人が何を知ったのか、どのようにそれへと立ち向かい、その勝敗は如何であったのか……そんなことは…

砂駱駝

駱駝という生き物は、砂漠を渉って生きるらしい。 だが、ごく稀に—— 一疋の駱駝が歩いている。何も無い、砂の上。 少しずつ、想い出す。 自分が、砂であることを。 砂漠に風が吹き渉る。 私も、そんな砂駱駝の一疋だ。 砂塵でありながら、生きるということを…