巨大建造物と私

 私はたくさん殺した。あるいは、誰も殺さなかったのかも知れない。正直なところ、記憶が曖昧なのだ。私は幼女を守り、家まで送り届けた。私にはもう一人、 相方が居た。いや、二人だっただろうか。すまない、もう思い出すことはできない。私は灰色の海に面する家の二階で、数晩のあいだ泊めてもらった。それがたった一晩だった気もするし、もう何年もそこにいたような気もした。

 私たちは、次に家を出る日が私たちの死ぬ日なのだと知っていた。下に居る者たちも知っていた。部屋の窓から、うねる波と巨大な建造物を見詰め、私たちは家を出るのを覚悟した。ポケットにねじ込んだ新聞の一面には緑色の写真。

 部屋から出ると階段の踊り場に夕陽が差し込んでいた。そこには私が愛した、愛そうとした女性。最期の時だというのに、私は彼女を怒らせてしまった。私は最期まで彼女を理解できなかったのだ。一階に降り、家の人たちに挨拶する。本当にありがとうございました、こんな私たちをかくまってくださって、と。靴が見当たらないのでおばさんに尋ねる。おばさんは、その前に裏庭へ行っておいで、みんなが居るよ、と優しく、不憫そうな様子で言った。

 居間には父が居た。私のポケットにねじ込まれた新聞を見て、それ夕刊だな、見せてくれないか、と言い、彼はそれを引き抜いた。取り上げられる一瞬に目に飛び込んだ緑の写真。覚悟はしていたはずなのに、今日が最期、と唱えると、涙が溢れて止まらなかった。父も泣いていた。

 二階に再び上がった。そこで彼女にまた会ったのだろうか、もう思い出せない。私は虚しさで一杯になり、うつむくようにして階段を降りた。暗い階下で、私の守った幼女が立っていた。私はまた涙が止まらない。私の愛した女はみな…と言って泣き崩れる私を、あの子は受け止めてくれた。私を抱き締めるあの小さな手の柔らかい感触だけ、はっきりと憶えている。

 涙をうっすら浮かべながらも、私はもう落ち着いた。靴をはき、別れの挨拶をし、戸を開けた。

 海の中の巨大建造物が大きく変動していた。

 

                          ———十代最後の夢日記